コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2011/05/17

日本丸“漂流”は願い下げ

▼「戦艦武蔵」などで知られる作家の故・吉村昭氏が40年前に発表した記録文学「三陸海岸大津波」が東日本大震災以降、増刷を重ねているという。三陸沿岸を襲った3度の大津波を題材にした作品だ。1896年の大津波後には高台に移る住民が相次いだが、「津波の記憶がうすれるにつれて、逆もどりする傾向があった」との記述もある
▼さすがに練達の作家は慧眼に富む。願わくは、今回の震災が起きてからではなく、震災前に広く読まれ、一人でも多くに津波の恐ろしさを伝えたかった
▼同じ吉村氏の作品に「漂流」というドキュメンタリー小説がある。江戸・天明年間、しけに遭って黒潮に流された男たちが絶海の火山島に漂着し、極限の状況下で、ただ一人生き残り、12年の苦闘の末についに生還する。その過酷さにおいて、今回の震災に通じるものもあろう
▼小説の中に、漂着した男たちが生き延びるために励ましあう場面が幾度となくある。「悲観的なことのみを口にしていても仕方がない。互にはげまし合っていかなければ、生きながらえることは不可能なのだ」と。こうした〝共助〟の精神が何より大切であることを、私たちは今回の震災で痛いほど教えられた。それゆえ、漂流者たちの姿にもいっそう共感させられる
▼それにつけても気がかりなのは、この国の行く末だ。震災後、この国自体がまさに“漂流”しているのではないか。時の首相、政権の指導力不足は誰の目にも明らかで、震災から2か月以上たっても、復興の取り組みには課題が山積したままだ。多くの犠牲者、被災者のためにも、これ以上、日本丸の“漂流”は願い下げにしたい。

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