コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2015/05/18

ロック=不良だった時代

▼先月行われたポール・マッカートニーの来日公演は、昨年5月の公演がキャンセルされたこともあって大きな注目を集めた。ツアー最終日の28日には東京・日本武道館で公演。武道館のステージに立つのは1966年のビートルズ公演以来49年ぶりとなった
▼ビートルズの66年の武道館公演は6月30日から7月2日までの5回だった。当時は、「不良の音楽」とされていたロックのコンサートに武道館を貸すことに強い反発があったという。半世紀が経った今では、にわかに信じがたい話だ
▼かく言う筆者も、ビートルズ世代からは少しずれるが、70年前後に湧き起ったニューロック世代で、「ロック=不良」と見られる時代の空気を、身をもって感じさせられてきた口だ。長髪がはやり、髪を伸ばせば学校などから目の敵にされる理不尽な気分もいやというほど味わった
▼その後、ロック音楽も時代とともに世に浸透し、商業的にも巨大化して、まさに市民権を得るに至った。しかし、ロックの持つ本質的な生命力は市民権の獲得とともに薄らいでいったと見ることもできる
▼かつて作家の村上龍氏は「市民権を得てからロックはダメになった」と言った。「ロックは子供達と、バカな大人達だけのための音楽だ。市民権を得たロックはバカな子供達のための音楽になってしまった」と。いかにも村上龍らしい物言いだが、この嘆きはある意味、的を射ている。ロックは反体制、反逆の音楽だからこそ、爆発的な力があった。当時のロックがいまもまばゆく見えるのは、たぶん筆者だけではないだろう
▼ちなみに筆者の最初の武道館体験は、71年9月に来日した英国の伝説的ロックバンド、レッド・ツェッペリン公演だった。親はもちろん、中学校の担任教師にまで了解をもらって学校を早退し、胸ふくらませながら武道館へ向かった日のことをいまでも鮮明に覚えている。そのときの自分は少なくとも「子供」であっても「バカな子供」ではなかった――と、そんな自負だけがいまも変わらず心の内にある。

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