コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2017/10/03

現れたダム湖底の町

▼関東では今夏も渇水による水不足が心配されたが、ゲリラ豪雨や台風による大雨などで回復傾向にある。それでも神奈川県の宮ケ瀬ダムでは、雨不足の影響で7月末に貯水率55%と過去最低を記録。干上がった湖底からは、水没してふだん目にすることのない町の一部が出現した
▼水に覆われているはずの山肌が露わになり、湖底の一部が露出。かつてのままの架設された橋や道路、ひび割れた地面にぽつりと立つ標識などが姿を現した。灰色の土を被っているものの、ダム建設によって消えた町の名残が見られた
▼こうした光景が反響を呼び、車を止めて見学する人も多かったという。「退廃的で美しい」「フィクション的な雰囲気がある」などの声が上がる一方で、当時の街を知る人からは懐かしむ声が寄せられた。これも今話題のインフラ・ツーリズムにつながるものと言っていいのか。その来歴も含めてインフラを多角的に考えるきっかけになれば、それはそれで意味のある機会となるだろう
▼ダム建設などで水没する町の話を聞くたび、そこで連綿と営まれてきた人々の生活や思いを考え、複雑な気分になる。渇水により湖底から現れたその痕跡を目の当たりにすれば、なおさらだろう
▼劇作家で演出家の唐十郎に「ガラスの使徒」という小説がある。巨大レンズに自らの復活を賭けた研磨職人の話だが、この男の前に現れる美しい少女が、レンズの完成に必要な研磨剤「化粧砂」を探しに、ダムの湖底へ潜る場面がある。かつて住んでいた町が湖底に沈んだことを知らない少女は、小学校の砂場に集められていた川砂の「化粧砂」を取りに、潜水具をつけて湖に潜る。ついでに校舎に入り、懐かしい音楽室のオルガンを見つけて弾いてみれば、その音が水中に低くもたおやかに響き渡る……
▼そんなおとぎ話のような物語だが、失われたものへの哀惜の念がこの一場面に凝縮されている。大事をなすにはそれなりの代償が必要かもしれないが、そんな代償の存在も決して忘れてはならないだろう。

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