コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2018/05/15

ご当地絵師、光る個性

▼千葉市美術館で開催中の「百花繚乱列島―江戸諸国絵師(うまいもん)めぐり」では、江戸時代の「ご当地絵師」の作品が多数展示されている(20日まで)。その数、全国23か所の約150点。見学者も各地を旅するようにご当地絵師の作品を楽しめる
▼一般的にあまり知られていない絵師も多いが、その個性的な絵画に接すると、人気絶頂の伊藤若冲らに匹敵する絵師が発見される可能性すら感じる。例えば、山水・人物・花鳥などで明るい味わいの作品を残した張月樵(ちょうげっしょう)は、正岡子規をして「世の中の人に知られないのは極めて不幸」と言わしめる
▼江戸時代中期以降の絵画は多様性に富み、地域的にも豊かな発展を見せた。地方藩主の御用絵師や絵の得意な武士や町絵師が魅力的な作品を描き、地方ならではの表現や自由な画風も目立つ
▼作品とともに興味をそそられるのが彼ら絵師の人物像だ。さぞ個性派ぞろいだろうと想像しつつ、実際のところを知りたくなる
▼仙台出身の菅井梅関(すがいばいかん)は画題として梅を好み、「舊城(ふるじろ)朝鮮古梅之図」では濃い墨でごつごつした幹を大胆に描く。妻子がおらず、「濃墨を用いるのは絵に長生きしてもらいたいため」と、作品に子孫のごとき思いを託

▼名古屋を拠点に活躍した山本梅逸(ばいいつ)は、文房具や煎茶、笛など諸芸に通じた才人だったが、死の床で「つぎの世もまた絵かきに生まれたい」と語ったと言われる。逆に、画家としての評価をあまり喜ばなかった者もいる。長野県出身の鈴木芙蓉(ふよう)は徳島県の御用絵師として召し抱えられたが、儒者としての評価を望み、絵師としての登用に落胆したという
▼大阪の北尾雪坑斎(せっこうさい)は、しばしば署名に「擅画(えんが)」すなわち「ほしいままに描いた画」と付記し、伝統や格式に拘泥しない浮世絵師としての姿勢を示した。長崎生まれの片山楊谷(ようこく)は、傲岸で激しい気質の酒豪で知られ、江戸で将軍家斉が猩々会(しょうじょうえ)を開いた際には酒一斗を干して平然としていたという逸話が残る。豪放磊落な自由人も少なくなかったのではと、その人間的魅力に興味は尽きない。

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