コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2019/06/11

時代の鏡たる鉄道

▼この春、本県の鉄道にまつわる企画展示を続けて観た。千葉県博図公連携事業の巡回展「写真でつづる千葉県と鉄道」(展示終了)と、県立中央博物館で開催中の「千葉の鉄道物語―線路が拓いた『観る・住む・運ぶ』」(6月2日まで)。鉄道が時代を映し出す鏡であることを改めて実感した
▼前者は鉄道による時代の節目をとらえた写真パネルを中心に、後者では資料や書籍、模型などを用いてより多角的に、鉄道の発達とそれに伴う社会や世相の変化が紹介されている
▼県内で最初に鉄道が敷かれたのは1894年7月で、総武鉄道(現JR総武線)の市川―佐倉間。その5日後に日清戦争が勃発し、佐倉駅からは兵士たちが出征。当時の写真には、旗などを振って見送る人々の姿が写る
▼大正時代末期には、県営鉄道久留里線(現JR久留里線)にドイツ製の小さな蒸気機関車が走行。機関車の横に並んで写る関係者らと比べると、車両の小ささが分かる。夷隅軌道では1922年に定員10人のガソリンカーが導入され、県内初の内燃機関搭載車両となった
▼29年には房総線(現JR外房線)が安房鴨川駅まで延び、線路が房総半島を一周する。祝賀式の写真には「祝安房線全通」の文字が掲げられ、身動きできないほど多くの人が詰めかけている▼60年ごろの現JR千葉駅着工当時の写真には、周辺に大きな建物もなく、空き地が目立つ。現在のそごう千葉店のあたりには古い機関庫も見える。66年ごろの車内の写真には行商の女性たちの姿が見られ、かつての風物詩もいつしか失われたことに気づく
▼線路で首都と結ばれた本県は、気軽に訪れることのできる観光地、あるいは格好のベッドタウンとして大きな発展を遂げてきた▼そういえば、筆者が本県に来た半世紀近く前、最寄り駅の都賀駅(JR総武本線)は、朝夕に数本が停車するだけの「信号所」だった。駅舎も何もなく、乗降には列車に飛び乗り、飛び降りた記憶がある。懐かしくもあるが、令和の時代にはますます隔世の感を禁じ得ない。

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