コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2012/06/27

発見原稿に見る漱石の非凡さ

▼偶然というには、不思議なタイミングに驚かされることがある。夏目漱石の「門」を読んでいたら、先日の夕刊紙面に、その「門」の直筆原稿のうち、所在が分からなかった4枚が福島市の個人宅で見つかったという記事が載った。まもなく読み終えようというところだったので、読み進んできた内容の重みを立ち止まって考えさせられた
▼「門」は1910年、東京朝日新聞と大阪朝日新聞に104回掲載された長編小説。学生時代に親友の妻(御米)を奪って結婚した主人公(宗助)が、負い目を引きずりながら生きていく姿や親友の消息を耳にして動揺する胸中などが描かれている
▼今回見つかった原稿は連載第14回の8枚目と第70回の5、6、7枚目。主人公の宗助が御米と出会った第70回の6枚目では、御米を印象づける「影」という言葉を段落始めから後半に移して表現を変えているという
▼「座敷へ通ってしばらく話していたが、さっきの女は全く顔を出さなかった。声も立てず、音もさせなかった。広い家でないから、つい隣の部屋位にいたのだろうけれども、いないのとまるで違わなかった。この影のように静かな女が御米であった」。推敲のあとが見られたという「影」の言葉はこの部分だろう
▼姦通罪という不義を十字架のように背負う夫婦の姿を、そのまま現代的感覚で理解するのは難しい面もあるが、この推敲部分は、影のような女性だった御米が宗助の中で次第に存在感を増していく伏線になっている。こうした御米に対する繊細な扱い方ひとつとってみても、漱石はやはりただ者ではない。

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