コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2021/09/24

極箱の「先考」とは

▼数少ない家宝といってもいいだろう、筆者の手元に、陶芸家で人間国宝、加藤土師萌(1900~68年)の抹茶茶碗がある。茶道をたしなむわけでもないが、陶芸が好きで、収集したものの一つだ。茶碗を収める桐の組箱は、残念ながら共箱ではなく極箱(広義には識箱)だが、そのおかげで一つ大切なことを教わった
▼一般的に共箱は、作家自身の箱書き(署名捺印)がされているものを指す。これに対し極箱は、作家の親族が、作家のものと確認して箱書きしたものをいう
▼わが家にある加藤土師萌作品の極箱には「先考土師萌造 達美」の署名に「日吉窯」の押印。「達美」は、土師萌氏の長男で武蔵野美術大名誉教授・陶芸家の加藤達美氏(1929~2003年)。「日吉窯」は、土師萌氏が残した工房の名称。そこまではすぐにわかったが、うかつにも「先考」の文字はたいして気にも留めずにいた
▼先日、久々に極箱にあるその二文字を目にして、その意味が気になり、調べてみると、その意味をいままで知らずにいたことが我ながら恥ずかしくなった
▼「先考」(または「考」)とは「死んだ父親」、つまり「亡父」のことをいう。つまり、長男・達美氏が父親の作品の箱に、亡き父の作という意味で「先考土師萌造」と署名したわけだ。そこに父親へのどんな思いが込められているのかと、想像も膨らむ
▼「先考」とは亡父のほかに、先君、先君子の意味もある。一方、死んだ母には「先妣」という言葉があるそうだ
▼なぜ亡き父のことを「先考」というのか。こんな解釈に遭遇した。「亡くなった父の歳になってみて、道理がわかるもので、人間の考えることはやはり経験を積み、歳月を経て、初めて円熟に達成する。つまり、親父はよく考えて、よくやったという思いから、亡き父に『考』をつけるのだ」
▼そう解釈すれば、手元の極箱にある「先考」も、父・土師萌氏への尊崇の念を込めて長男の達美氏が揮毫したのではないか。箱書きの文字を見るほどに、そう思えてならなかった。

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