コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2022/01/17

ルーツへの誇りある人々

▼筆者の大好きな映画の一つに、イタリアの巨匠タヴィアーニ兄弟による「グッドモーニング・バビロン!」がある。この年末年始の休みに須賀敦子のエッセイを読み返していて、「アントニオの大聖堂」(『ミラノ 霧の風景』所収)の中で、この映画について触れられているのを知り、「やはり彼女もあの映画を観て、感銘を受けたのだな」と膝を打った
▼名エッセイ『ミラノ 霧の風景』はずいぶん前に読んだはずだが、そのとき気づかず通り過ぎてしまったのは、私のほうが当時この映画をまだ観ていなかったからだろう▼映画は、20世紀初頭にトスカーナの大聖堂を修復した二人の若いイタリア人兄弟が渡米し、ハリウッドの舞台装置で成功を収めるものの、第一次世界大戦で二人とも戦死してしまうという話だ。兄弟がアメリカで困難に遭遇するたび、作品のライト・モチーフであるトスカーナの大聖堂のファサードの映像と、その作業にいそしむ先祖のイメージが彼らの前に現れる
▼二人を理解しようとしないアメリカ人に向けて、彼らはこう叫ぶ。「僕らの先祖はピサやルッカの大聖堂を建てた人間たちだ」と。最後に戦場で死んでいく場面でも、二人の脳裏をよぎるのは、この同じファサードのイメージだった。須賀敦子もきっと、自らのルーツへの誇りを失わない主人公に強い共感を覚えたに違いない
▼須賀敦子のエッセイを読んでいると、彼女ほどイタリアで魅力的な友人や家族に恵まれ、イタリア社会に溶け込んだ日本人もまれだったろうといつも思う。それはもう、生まれながらにしてイタリア人だったのではと錯覚させられるほどだ。それゆえ、あれほど周囲の人たちを活写し、喜びと哀感に満ちた数々のエッセイを書き残せたのだろう
▼彼女は日本人としての誇りを失わず、その才能や人徳も手伝って、エッセイのみならず多くのイタリア文学を日本に紹介した。映画のイタリア人兄弟もそうだったように、自らのルーツに誇りを持てる者はかくも強く美しいものだと改めて思い知った。

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