コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2019/11/26

寅次郎「家出」の意味

▼多くの人の頭に思い浮かぶ国民的映画といえば、渥美清主演の「男はつらいよ」だろうか。その主人公、車寅次郎の少年時代を描いたドラマが先日、NHKで放送されていた。寅さんがどうしてフーテンになったのか、その生い立ちの秘密が笑えて泣ける市井の人々の物語として描かれていた
▼出生の秘密から、戦争中の悪ガキ時代、そして最愛の妹さくらに見送られての旅立ちまで、フーテンの寅がどのようにして出来上がったのかが明かされる。いわば、寅さん誕生までの前日譚だ
▼ドラマ最後の葛飾・柴又駅から旅立つシーンは、妹に見送られての設定とはいえ、まさに「家出」と言えるもの。そこでは、大好きな母(車光子)の死と、ちゃらんぽらんでお調子者の父(車平造)への反発が旅立ちの動機となっている
▼とはいえ、この「家出」、誰にも知られずこっそり逃げるようなものでなく、むしろ妹さくらをはじめ、おいちゃん(車竜造)とおばちゃん(車つね)、さらには父親の平造までが半ば納得づくの顛末とも言える
▼イタリア文学者、須賀敦子のエッセイ『時のかけらたち』の中に、イタリア語に「家出」という言葉はなく、イタリア人なら「家から逃げた」あるいは「家を出てしまった」と書くだろうとある
▼「日本語で『家出』というと、荷物をつくって、おとうさん、おかあさん、お世話になりました、ぼくは……といった、変に決意じみた語感があるが、イタリア語の表現のうしろにあるのは、たまらなくなったから逃げる、あるいは、ただ出ていってしまうこと」と書いている
▼この意味からすれば、寅次郎の旅立ちは、日本語で言う『家出』とはかなりイメージが違い、イタリア語の表現の裏にある「たまらなくなったから出ていく」あたりの意味に近い。むろん何にたまらなくなったかといえば、愛する母を失った悲しみとともに、父のだらしなさや理不尽さだろう。それでもその奥底に見え隠れする、周囲への感謝や旅立ちの決意が、寅次郎のその後への希望を紡いでいる。

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