コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2020/05/12

首相のコラボ動画と犬

▼新型コロナウイルスを巡る日々の情勢は刻々と変わることもあってか、安倍首相が官邸のインスタグラムに投稿した「星野源さんとのコラボ動画」など、もうだいぶ以前のことのように思える。あの動画には賛否が渦巻き、むしろ国民の実感覚からズレているとの批判のほうが多かった
▼首相は、星野さんの楽曲「うちで踊ろう」の動画に合わせ、都内の自宅で愛犬を抱いたり読書をしたりしてくつろぐ様子を映して見せた。投稿直後から「政治利用だ」などの批判が殺到し、与党からも苦言が相次いだ
▼生活できない人や補償がなくて休めない人などからすれば、確かに配慮を欠いた内容に思える。「国民は苦労しているのに、家で優雅に休息とは何様のつもりか」と多くの国民が憤慨した
▼ネット上には「お前は貴族か」などと揶揄するツッコミまで見られたが、筆者が着目したのは、動画の中に登場する首相の愛犬だ。というのも、この大型連休中に仏作家ロジェ・グルニエのエッセイ『ユリシーズの涙』を再読していたら、こんな文面に行き当たった
▼「ヨーロッパにせよ、アメリカにせよ、政治家が動物をしたがえて人前に姿を現すのは、はたして、その心が優しいことを示すものなのだろうか」と切り出し、ルーズベルトが1944年に行った選挙演説で、聴衆の心をつかもうと、ひたすら自分の飼っているスコティッシュテリア犬「ファラ」の話をしたことを挙げている。その演説は「ファラ・スピーチ」と呼ばれ、いまも歴史に刻まれているそうだ
▼自国の仏大統領にも触れ、彼らも「人間味のあるところを見せようとして、特にカメラが回っているときなどは、ラブラドール・レトリバー、ポインター、セッターといった犬を、そばでぴょんぴょん飛び跳ねさせておくではないか」と皮肉まじりに書いている
▼これらの話からすれば、首相の愛犬も結果的には動画の中で〝政治利用〟されたと言えるかもしれない。そうであるなら、心根やさしいはずの犬がひどく気の毒でならない。

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