コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2022/05/11

蛮行の行き着く果て

▼ロシア軍のウクライナ侵攻で目を覆いたくなる惨状が日々伝えられるなか、ちょうど読んでいた小説で、今回のロシアによる蛮行に重なる話に出くわした。カナダの作家マーク・ストランド著『犬の人生』に収録されている「将軍」という短篇だ
▼物語は、主人公の将軍が戦場で部下の士気に気をもむ様子から始まる。「彼らの顔には疲弊の色が浮かび、軍服は汗臭かった。兵士たちは将軍の足もとに横になって居眠りをするか、煙草を吹かすかしていた。兵士の一人がときおりすすり泣いたり、あるいは悲鳴を上げたりしていた」
▼今回の侵略戦争でもロシア軍苦戦の背景には、その士気の低下が早い段階から指摘されていたが、この物語でも将軍は、戦う意味を証明できる人間が自分以外にいないと考え、頭を悩ませる
▼その結果、演説をぶつ代わりに歩いて前線に出ていき、仁王立ちになって、敵に向かってこぶしを打ち振るう。「撃てるものなら俺を撃ってみろ!」。戦争は往々にして人を狂気に駆り立てるものだが、ウクライナに侵攻したロシア軍には、そもそも部下を鼓舞できる上官がどれほどいるのかさえ疑わしい
▼物語には大統領まで登場し、将軍とのやり取りが語られる。敗北した将軍に、大統領は言う。「我々は負けることによって勝利したのだ」「弱さこそが、強さだ。我々は複雑なる国民であり、複雑さくらい恐怖心を生み出すものはないのだ。(中略)次に我々が何をやるか、彼らには見当がつかないからだ」
▼かの国の大統領も似たようなせりふを吐きそうだが、どうやら「弱さこそが、強さ」と言い切る賢明さは持ち合わせていないようだ
▼物語ではさらに戦争が繰り返され、将軍は負け続ける。最後は人が変わったようになって帰国し、軍服を脱いだ後も彼の頭の中では戦闘が止むことはない。そこには、人を人でなくしてしまう戦争の愚かさが描かれている
▼現実の戦争で人間が自らの愚かさに気づくのはいつの日か。気の重くなる毎日が、いつまでとも知れず続いている。

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