コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2024/01/16

久々の筒井節堪能

▼この年末年始で久々に作家の筒井康隆さん(89)の小説を読んだ。昨年10月に刊行された掌編小説集『カーテンコール』。筒井さんの作品は学生時代、むさぼるように読んだが、実験的手法の小説が目立つようになってからは、なぜか本を買っても積読状態にしておくことが多かった。その手の小説が苦手というわけではまったくないのだが
▼今回の掌編小説集は「これが最後の作品集」と作家自ら語っている。「長いものは書く気力がなく、10枚ぐらいのものしか書けなくなってしまった」。とはいえ、多種多様な25の掌編が並び、不謹慎ギャグやドタバタ劇など、筒井節は健在だ
▼コロナ下の混乱ぶりを風刺した「コロナ追分」など、お得意の諧謔精神を発揮した一編もあれば、過去の作品で生み出されたキャラクターたちが病床の作者を訪れ、非難めいた言葉を残していく「プレイバック」、若いころに見て影響された映画の記憶を、監督や俳優らの奔放な会話により喚起させていく表題作「カーテンコール」など。「プレイバック」には、日本のSF界をともに支えた星新一さんや小松左京さんらも登場する
▼個人的にはその痛快さに大笑いしてしまったのが「本質」という一篇。ひょんな理由で母親の会社に同行し、会議に同席することになった小学校1年生の息子が、丁々発止の大人の議論のあとに漏らす辛らつな一言。ネタバレになるので伏せておくが、大人には大真面目な議論も、子どもにとってはある意味、呆れるほどばかばかしく映ったのだ
▼昨今の政治、経済界での不祥事を見るにつけ、こんな聡明な子どもがいたら、われわれ大人は恥じ入るほかないと思わされる。実際、呆れられるどころか、とうに見放されているのではないか。筒井さんの一編に、哄笑とともにそんなことまで考えさせられた
▼筒井さんはこれまで「最後の長編」と称した作品を複数出してきたが、その宣言を翻し、いい意味で読者の不安を裏切ってきた。また裏切られることを、心のどこかでつい期待してしまう。

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