コラム『復·建』

「千葉開府900年」過去と未来

▼「千葉開府900年」に当たる今年は、千葉の歴史を振り返り未来を見据えるメルクマールとして大きな盛り上がりを見せている。6月1日には千葉市・亥鼻公園で記念式典が盛大に催された。市の人口が100万人に迫るタイミングというのも運命的なものを感じさせる

▼千葉のまちの歴史は、大椎常重が1126年6月1日に現在の千葉市緑区大椎町から同市中央区亥鼻付近へ本拠を移し、千葉氏を名乗ったことが始まりとされる

▼さらに常重の嫡男・常胤は、1180年に源頼朝の挙兵に参加し、鎌倉幕府の成立に多大な貢献をしたことから、千葉氏「中興の祖」といわれる。以後、その地位を確立した千葉氏は約400年にわたり下総(現・県北部)の地を治め、まちの基礎を築いていった

▼1590年には豊臣秀吉に領地を没収され、千葉氏は滅亡したが、千葉は中世から近世にかけて、陸や海の交流拠点としてにぎわった

▼1873年には木更津県と印旛県が合併して千葉県が誕生。89年の市制・町村制の施行で5町村が合併し、「千葉町」が誕生。1921年には市制を施行し、千葉市がスタートした▼戦前は軍都として栄えたが、2度の大空襲により甚大な被害を受けた。しかし、戦後は臨海部の埋め立てや工業誘致などで発展を遂げ、92年に政令指定都市に移行。現在では首都圏有数の大都市となった

▼千葉氏の祭神「妙見尊」を守護神とする千葉神社や、709年創建とされる千葉寺、2017年に特別史跡に指定された加曽利貝塚など、貴重な歴史遺産が今に残る。一方で、千葉氏の居城や館の場所は明確ではなく、居城があったとされていた亥鼻も、近年の研究では千葉氏の家臣が室町時代に整備したとの説が有力視されている

▼千葉市が誕生した1921年の人口は約3万4000人だったが、現在の推計人口(5月1日現在)は30倍の約99万8000人で、「100万人都市」の達成が目前に迫る。子育て世代を中心とする「転入者」が増加を支えていることも、未来へ向けて心強い