コラム『復·建』

想像かき立てる「うつろ舟」

▼「うつろ舟」の逸話についてはどこかで聞き覚えがあった。作家の澁澤龍彦か民俗学者の柳田国男あたりの著作を通して記憶していたのかもしれない。その謎多きうつろ舟が再び注目を集めている

▼最近、国立公文書館が所蔵する書物から新たな記録が見つかった。1850年代に書かれたとみられる斎藤月岑の『沿海紀聞』の中に、うつろ舟に関する記述や絵(図面)が確認された。江戸時代の蔵書を継承した内閣文庫の史料群の一部であることから、当時の行政記録や物流のつながりを示す意味でも漂着事件の信ぴょう性が高まった

▼うつろ舟の伝承は、1803年2月22日、常陸国原舎浜(茨城県神栖市)の沖合に、球形の奇妙な舟が流れ着き、中には一人の女性が乗り、大事そうに箱を抱えているが、言葉は通じない――というもの

▼新発見の『沿海紀聞』の絵でも、球体の舟の横に、箱を抱えた長い髪の女性がいる。二つの大釜を上下にくっつけたような形の舟はUFOのようで、何とも不思議な形状だ。さらに舟の左上には、船内に書かれていたという△や〇を縦に四つ並べた奇妙な文字がある▼話の真偽は定かでないが、うつろ舟に関する記録は『沿海紀聞』に限らず秋田、埼玉、茨城など各地に伝わり、新たな史料も相次いで確認されているという。当時の文人や好事家の間に広く流布し、記録に残されたものと考えられ、当時の人々もよほど想像をかき立てられたに違いない

▼舟の形状や女性の姿、謎の文字など伝説のあらましは、各地のどの史料でもなぜかほぼ共通している

▼民俗学者・国文学者・歌人の折口信夫は、うつろ舟を「他界から来た神がこの世の姿になるまで入っていなければならない『いれもの』のようなもの」と解釈しているが、確かにそう思えるほど不思議に満ちている

▼江戸時代の謎の一つとしてさまざまな解釈がされてきたうつろ舟は、いまも人の心をとらえて離さない謎の舟と言える。新たな史料の発見により、今後さらに研究が進むことが期待される。