コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2023/12/12

山本周五郎の「年の瀬」

▼今年も残りわずかとなった。あっという間の1年だったと多くの人が口をそろえるが、筆者も同感だ。とくに年の終わりが視野に入る11月下旬あたりからか、時の経過に拍車がかかるように感じられる
▼そんな実感は昔から変わらないようで、『樅ノ木は残った』『青べか物語』などの作品で知られる小説家、山本周五郎も、『年の瀬の音』と題する随筆で「十二月になると一日一日に時を刻む音が聞えるようである」と記している
▼この随筆が書かれた1958年当時は、年末がよりせわしなく感じられたのか、こう続く。「ほかの月にはこんなことはないし、そんな感じのすることがあっても、十二月のそれほど脅迫感はない」
▼かつては今以上に季節感が際立ち、年中行事なども多かっただろうから、年の瀬がいっそう特別に感じられたのかもしれない。「十二月であるということは、こちらにとって心臓へあいくちを突込まれるかに似た思いを致させられる」とまで書いており、周五郎には強迫観念を抱かせるほどのせわしなさだったようだ
▼その随筆『年の瀬の音』には、あわただしい歳末に彼が目にしたいくつかの情景が、庶民への温かい心情あふれる筆致で描かれている。赤子を背負って幼い女の子を連れた若い母親は、「おばちゃんに会えてよかったね」と話しかける女の子に対して邪険に短い言葉を返すのみ。また、赤子を負ぶった中年男性は雨の中、傘も差さずにぼんやりと歩いている
▼周五郎は自らも年末の急き立てられるような不安定な気分にとらわれながら、街で見かけたこうした人たちの置かれた状況に思いを馳せ、弱く貧しい側に立って人間のもろさとはかなさを描いている
▼随筆の最後で周五郎は、仕事部屋の外で「いよいよ押し詰ってまいりました」とがなり立てる宣伝カーに「ぞっとし、机の前で身をちぢめ」ながら、逆に年末の秒読みを感じない人については「幸福なしかし恵まれざる楽天家」で「すでにもうめでたい」と皮肉まじりにつづっている。

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