2026/04/08
「軍隊の町」だった千葉公園
▼長いあいだ千葉市民の〝憩いの場〟として親しまれてきた千葉公園。ここ数年で「千葉JPFドーム」「YohaSアリーナ」「芝庭」などの施設が相次いで整備され、千葉市のシンボルとしての魅力がますます増している
▼園内を歩けば、今でこそ安らぎや憩いの時間に浸れるが、20世紀初頭まで遡れば、同公園を含む一帯(轟町・作草部・椿森・弁天地区)は、「軍隊の町」と呼ばれるほど多くの軍事施設が集積していた
▼1908年に旧陸軍が鉄道連隊を編成し、沼地同然だった現在の千葉公園敷地に演習作業場を設け、鉄道の新設や破壊練習の場として使用した
▼今も園内に残る橋脚やコンクリートのトンネルなどの遺構を見知った方は多いだろうが、これらは戦争の記憶をとどめる貴重な戦争遺跡となっている。演習用橋脚・トンネルは、1918年の鉄道連隊の改編により鉄道第一連隊の演習用作業場などとして使用されていた
▼園内には忠霊塔(若葉区へ移転予定)や荒木山など、戦争にまつわる施設も多い。忠霊塔は、日清戦争以降の戦没者を追悼するとともに、恒久平和を祈念して建てられ、荒木山は、満州事変で邦人救出に尽力した荒木大尉の銅像が建つことにより命名された
▼演習作業場は戦後、復興計画の一環で総合公園としての利用が決定し、1946年から売り払いや貸し付けが行われた。近年では令和に入り、屋内競輪場「千葉JPFドーム」や体育館「YohaSアリーナ」などが整備され、公園のリニューアル事業が行われている
▼野球場は現在「賑わい広場」となったが、個人的には小学生の頃、園内の多目的広場で草野球を楽しんだことが懐かしく思い出される。園内にはアイスクリームやおでんを売りにくる行商人もいて、おいしく食べた記憶がある
▼公園は時代とともに変化を遂げていくが、千葉の歴史と文化の香りを残す市民の〝憩いの場〟であることに変わりはない。そして、かつてこの地が「軍隊の町」であった歴史も、忘れず頭の片隅にとどめておきたい。











