つげ義春の原風景「千葉の海」
▼3月に88歳で亡くなった漫画家のつげ義春さん(1937~2026)は、幻想性や叙情性のある作品のほか、日常や夢をテーマとした作風で数々の作品を残したが、その中には旅をテーマにしたものも多い。生涯で相当数に及ぶ転居も含めて、旅の作家と言ってもいい
▼とくに千葉県はゆかりの場所で、作品に大きな影響を与えた土地が少なくない。代表作『ねじ式』は、鴨川市の太海地区が舞台。急斜面に家々が並び、狭い路地や急な階段が迷路のように続くこの街が、幻想的でシュールな世界観を生み出したと言われる
▼生まれは東京の葛飾区だが、4歳の頃には母の郷里である大原町(現いすみ市)の漁村小浜へ転居し、母と幼少期を送った。大原八幡岬は原風景となり、のちに『海辺の叙景』の舞台として描かれた
▼海への憧れは10代半ばに痛切なものとなり、その多くは幼少期の外房の海に培われたと考えられる▼雑誌『ガロ』の発刊後は白戸三平や水木しげるら貸本漫画家との関係が深まり、28歳の1965年、白戸がつげを励ますために大多喜の旅館寿恵比楼に招待。この時の経験は傑作『沼』を生み出す原動力となり、のちに一連の「旅もの」作品として結実した
▼日本各地を旅したつげだが、旅を始めたのは65年頃からで、旅への没頭は作家・井伏鱒二の影響も大きかった。オートバイで奥多摩や千葉市周辺を回ったことも多々あったようだ
▼千葉県内に居を構えたこともあり、77年には、弟の住む流山市江戸川台に近い柏市十余二の借家に住み、同年、野田市へも引っ越している
▼86年には館山で浄土宗の尼僧・八幡清祐に出会い、80歳を過ぎても乞食生活を続ける姿に心を打たれたという逸話も残っている
▼つげは67・68年の一時期、精力的に執筆したものの、70年代以降は体調不良もあり寡作となり、神経症などの病に苦しんだ
▼87年を最後に漫画作品の発表はなく、実に40年もの間、作家活動を休止したままで逝ったその生涯は、今日、ますます伝説的な相貌を帯びて見える。