コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2023/07/26

抵抗の作家ミラン・クンデラ

▼若いころから私淑してきた小説家のミラン・クンデラさんが11日、94歳でなくなった。チェコスロバキア出身で、1975年にフランスに亡命。2019年にはチェコの市民権を再取得するなど波乱の一生だったが、その作品の多くにも、登場人物たちの挫折に満ちた人生がアイロニーとユーモアたっぷりに描き出されている
▼とはいえ、その痛切さは生半可なものでなく、歴史に翻弄されたクンデラさん自身の一生と深く結びつく。フランスへの亡命も、民主化運動「プラハの春」が旧ソ連の介入で封殺されたのち、当局からの締め付けが強まり、大学の職を追われ、著書の刊行も禁じられたためだった
▼母国ではフランスへの亡命を「逃亡」と責められ、裏切り者との汚名にも苦しんだ。本人は否定したものの、過去に秘密警察に協力していたとの報道まで流れた。亡命後も深い葛藤を抱えていたに違いない
▼代表作といえば、何といっても長編『存在の耐えられない軽さ』(1984年)だろう。機智に富む逆説的な語り口や効果的な場面転換、身体感覚あふれる男女関係の描写など、恋愛小説のジャンルに新たな生命を吹き込んだ
▼冷戦下のチェコスロバキアを舞台に、68年に起こった「プラハの春」を題材とし、その悲劇的な政治状況下での男女の愛と転落を、美しくも哲学的に描き出した。作中に、裏切りは「魅惑」であり、「美しい」とさえ記し、小説家としての抵抗のかたちを見事に貫いた
▼同作は82年にチェコ語で執筆されたが、84年にはフランス語に翻訳したものがフランスで発表され、世界的なベストセラーになった。87年には、フィリップ・カウフマン監督によって映画化されたことでも知られる
▼長年、ノーベル賞の有力候補に挙げられながらも、残念ながら受賞の知らせは届かなかった。ロシアによるウクライナ侵攻など昨今の世界情勢についてのコメントもぜひ聞きたかったが、それも叶わず、帰らぬ人となってしまった。その偉大な功績に敬意を表しつつ、冥福を祈りたい。

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